「未開社会」の不妊対処法


レヴィ=ストロース講義」平凡社ライブラリ 第二講より


人間社会が成りたつためになくてはならない条件は、自己再生産すること、つまり社会が新しいメンバーを補充して、自己を永続的に維持していくことです。そのためには、すべての社会が、新しいメンバーの帰属を決定する出自の規則、血族および姻族という親族の分類の仕方を決定する親族関係の体系、最後に、結婚が可能か不可能かを定める婚姻の規則、をもたなければなりません。またどのような社会も、不妊という事態に対処する方法を用意しなければなりません。
P80より引用


以下、要約

  • 今日の西欧では、親子関係を社会的なものとみるよりも生物学的なものとみるほうが優勢のよう
  • 英国ワーノック委員会では、遺伝子上の母、生理学的意味での母、社会的母の3つを区別し、そのうち生理学的母が子供ともっとも親密な絆をつくるという理由で子宮貸与の禁止を勧告している
  • 「未開社会」では現代の生殖医療はもちろんないのだが、法的・心理的見地からはほぼ現代の生殖医療に相当する方法を案出し、実行している
  1. 娘達は非常に若いうちに結婚するが、夫のもとで生活を始める前に、最高3年間は自分で選び公にも認められた愛人を持つことができる。愛人との間に生まれた最初の子供をつれて夫のもとに嫁ぎ、この子供は正式な婚姻による最初の子と認められる。一方、男性は複数の妻を持つことができ、夫は妻と離別したあとでも、元の妻の産む子の父と認められる。(アフリカ、ブルキナファソのサモ族)
  2. 金持ちの女性は妻をめとって、男性と家庭をもたせる。生まれた子供は法的な夫であるこの女性の子供とされ、現実の両親が子供を手もとにおくためには、この女性に高額の支払いをしなければならない。(ナイジェリアのヨルバ族)
  3. 不妊の女性は男と見なされ、彼女は姪の婚姻に際して「父方の叔父」として花嫁代償の牛の一部を受け取り、これを自分自身の妻を獲得するために用いる。男に代償を払ってこの妻を受胎させ子供をつくる。(スーダンのヌエル族)
  4. 男性が独身のまま、あるいは子供を残さずに他界した場合、近親者がその男性の所有していた牛の群れの一部を用いて妻をめとり、死んだ男性の名において子供を作ることを可能にしている。これは「幽霊婚」と呼ばれる。(これもスーダンのヌエル族)
  5. ほか、いくつか例示されている


以下引用
以上にあげたすべての例で、子供の家族的、社会的身分は、法的父(たとえそれが女性であっても)との関係で決まるわけですが、それでも子供は生物学的親が誰であるかを知っており、感情的絆も保っています。私たちの危惧に反して、子供たちにとって生物学的親と社会的父が異なっていることや、両者の身元がわかっていることからくる葛藤はありません。


死亡した夫、あるいは世代を隔てた先祖(これも理論上は可能です)の精子を冷凍保存し、これによって受精するという技術の出現が私たちにもたらす脅威に類するのも、これらの社会では存在しません。これらの社会の多くで、子供は先祖の再生と見なされているからです。


中略


こうした習慣は、現代技術によって将来ひきおこされるであろう事態の、隠喩となっています。このように、人類学者の研究する社会では、私達を困惑させている生物学的受胎と社会的父性の矛盾は、存在しないことが確かめられたわけです。これらの社会は、ためらうことなく社会的関係に優先権を与え、集団のイデオロギーにおいても、個人の精神においても、二つの問題は衝突しないのです。
P91〜92


日本のイエ制度も生物学的な血統主義ではない。もちろんイエ制度は抑圧的な制度としてありえたことを我々は知っており、ストロースが紹介した種々の制度が抑圧的ではないということもいえない。
ただし、生物学的・遺伝学的な親子関係よりも社会的親子関係を「ためらうことなく」優先することと、こどもに葛藤がないことは密接な関係があることは確かではないかと考えられる。